ある、うららかな春の日に、この子は散歩に出ました。
 
 果てしなく広がる青空。
 
 なだらかに動く雲の白さが目に眩しく、この子を抱き込む春風はとても親切でやさしかったので、ついつい遠くまで出かけてしまいました。
 
 切り立った崖に立ち、下を眺めれば、空中に遊んでいるようで、とても愉快でした。
 
 空には小鳥が、翼を広げて、風と光と空とを相手に崖の向こう側で戯れておりました。
 
「いいなあ、小鳥は……なんて気持ちいいのかしら……」
 
 この子の心はこのときからっぽで、すべてを風にゆだねておりました。
 
 両手をいっぱいに小鳥のように広げると、目を閉じて、風の愛撫を心地よく感じておりました。
 
 そうして、この子のからだはふうわりと宙に浮きました。
 
 一瞬、小鳥になって風を抱きしめると、小石が墜ちるように崖下にすぐに見えなくなってしまいました。

 この子はこの時、小鳥になりたかったのです。
 
 ただ、それだけのささやかな心持ちしかありませんでした。
 
                      
                       おしまい