僕は夏実の恋愛話を聞いて何度落ち込んだだろう。
ベッドにごろんと横になり真っ白な天井をぼんやり見つめた。
僕は白雪姫の七人の小人だ。
姫を助けて、姫を愛し、姫のそばにずっといた小人。でも姫は王子さまを見付け、行ってしまう。
僕の運命は正に小人だった。

「ねえ、お兄ちゃん。私かわいくない?」
ある夏の夜、夏実は僕にそう問い掛けた。僕は突然の質問にびっくりしたが、夏実の顔をまじまじと見つめた。
少し焼けた肌に大きな黒い瞳。茶色に脱色された長い髪。かわいくないわけは無い。
「なんでそんな事聞くんだよ?」
僕は平静を装ってそう答えた。夏実は唇をとがらせてつぶやいた。
「ヒロシにね、別に女がいるの。その子どんな顔なんだろう。私よりかわいいのかな......」
夏実は手鏡を取り出して自分の顔をじーっと見ていた。
お妃様は鏡を見ながら問い掛ける。鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?
「夏実はかわいいよ。世界で一番かわいいよ」
僕はそう言って姫の頭をぽんぽん軽くたたいた。
僕の姫は少し涙ぐんでうつむき、鏡を持つ手を震わせていた。

恋なんてそういうものなのかもしれない。辛くて苦しくて切なくて、叫びたくなって、逃げ出したくなって、誰かを思い切り憎みたくなる。そういうものなのかもしれない。
夏実が好きだと気が付いてから、僕は自分の気持ちに戸惑い、何日も何日も悩んだ。
妹に恋するなんておかしい。普通じゃない。
でもある日ふっきれた。好きになったものはしょうがない。僕にだっていつか他に好きな人ができて夏実の事は忘れてしまうだろう。そうだ、今のこの気持ちは悪い風をうつされたようなものだ。いつか治る。そう思うことにした。
しかし、駄目だった。日を増して行くにつれ、夏実の漆黒の大きな瞳を見るにつれ、夏実の事が好きになる。夏実の恋愛話を聞いて辛くなる。
夏実の声が聞きたくなる。

「お兄ちゃん、私ヒロシと別れた」
ある秋の晴れた日、夏実は僕にそう言った。
「やっぱりあの子の所に行っちゃった。ねえ、私のどこがいけなかったのかなあ?」
夏実は少し痩せていた。タンクトップからのぞいている腕は折れそうな程細かった。最近テニスをしてないらしく肌も白くなっていた。夏実の漆黒の瞳からは大きな水の雫があふれ、流れ落ち、頬をつたって消えていった。
「そんなことないよ。夏実は一番かわいいよ。世界中のだれよりも一番かわいいよ。」
そう言って僕は夏実の頭をなでた。僕は必要とあれば夏実の鏡になる。鏡はいつでもどんな時でも白雪姫を一番美しいと言う。
たとえ魔女の妨害にあっても......
夏実がヒロシと別れた事は正直うれしくてたまらなかった。
かといって夏実が自分のものになるわけはない。
僕は夏実の兄なのだ。 しかも自分の素直な気持ちをぶつける勇気なんて更々なかった。