「兄貴のどこがいいの? カッコいい? 優しい? クール? 賢い?──俺はカンペキすぎる、そんな兄貴が嫌いだった」

「進藤君……」

「だから、水嶋さんを取られたことが悔しい。あげちゃったのも悔しい」

だんだん、進藤君の整った顔がゆがんでいく。


「けど、我慢してたんだ。水嶋さんが好きだから、我慢できたんだよ。なのに、水嶋さんは元気なさそうだし……。だから、俺はやめたんだ。──我慢しないって」

「んんっ……!」

指が離れたかと思えば、進藤君の唇があたしのそれに重なってくる。


それはあたしにとって、進藤君と初めてしたキスで──大好きな人とするキスだった。

なのに、全然うれしくない。


「いやっ……、んっ」

必死に胸板を押して逃げようとするけど、進藤君は全く解放してくれようとしない。


「……っ、いやぁっ!」

しびれを切らしたあたしは思いきって、進藤君の唇を噛んだ。


「つっ……」

「はぁ、はぁっ……」

彼は唇から流れる血を荒々しく手の甲で拭き取り、痛かったと訴えかける表情であたしを見る。


その代わり、あたしは荒い息づかいを繰り返す。


好きな人とキスできたのに──でも、強引にされて──。

とにかく残念でしかなくて、涙があふれ出すようにボロボロと頬を伝っていく。


「進藤君なんて、キライ……」

「………………」

「進藤君なんて……、大キライ!!」

幻想的なオレンジ色に染まっていた教室が、現実に引き戻すような黒に染まろうとしていた。

あたしはその現実から避けるように、部屋から逃げ出した。


「水嶋さん!」

背後から、進藤君が声を荒げる。


彼に全力で呼ばれたので、思わず立ち止まって振り向いた。


「水嶋さんは俺のモンになる。絶対に」

教室の前の廊下で、真剣な眼差しを向けて進藤君は言い放つ。


あたしは数秒だけ彼を見つめて、その場を走り去った。


──ホントは、進藤君に抱きつきたかった。
ごめんなさいって謝りたかった。
でも、
 今のあたしにはできなかった……。