杏は立ち上がらせられ、綺麗に整えられたドレスを着せられる。
ぼうっとしていた杏は、彼女に痣を見られるということに頭が回らなかった。

「おや?」

杏が我に返ったときにはもう遅い。
侍女は胸元の痣を見つけ、指先でそっとなぞった。
叱られるのを覚悟して強く目を瞑る杏は、信じられない反応に驚く。

あろうことか、彼女は笑ったのだ。

「綺麗な痣ね。隠しているのがもったいない。痣の見えるデザインにすればいいのに」

「……え……」

驚きすぎて、反応が返せない。
その間に侍女は首にチョーカーを着け、屈んで裾を整える。

「あの、不快じゃないんですか?」

「どうして?」

おそるおそる尋ねる杏に、侍女は心底不思議そうに首を傾げた。

「だって、赤色なのに……」

当惑して、杏は声が消えそうになる。

裕の乳母だと自白した彼女は、様子から見て、彼を好いていると思う。
親が子を思うように、彼女は乳母であったことを誇りに思っている。
そんな人にとっては、王家の色である赤を身に纏う杏を嫌悪するのが一般なのだが、彼女は笑った。

「綺麗な色じゃないか。私は好きよ」

コンコン、とノックの音が響く。
時間だ。

「さあ、行っておいで。楽しんで。
殿下をよろしく頼むよ」

背中を押され、しかし最後に付け足された一言に杏は振り返る。

「あの、誤解してませんか。
私はただの花姫です」

「知ってるよ。ドレスを見れば舞うために作られたのは分かる。
これでも舞をかじったことがあってね。今は針子をしてるんだよ。
ほら、殿下と踊るんだろ。あんまり待たせるもんじゃないよ」

とん、を背を押され、杏は部屋を出たところで振り返り、礼を述べる。

「はい。ありがとうございました」

裕と別れたときには潰れそうなほど重かった心が、今では多少は笑えるまでに回復している。
一言に、ありったけの感謝の意を込めた。