「遥様、ごきげんよう」

杏たちの視線に気づき、王子と別れて彼らの傍に歩み寄った那乃は、まず始めに遥に挨拶をした。

この国には男が優位という概念はない。
一般的の最初の挨拶は二人に向かってのものか、より親密な方に向けられるものである。

那乃は杏の友達だ。
親友と呼んでもいいかもしれない。
杏を通して彼女と遥は知り合いだが、顔見知り程度のはず。
杏より彼を優先させる謂れはないはずだ。

それに、遥は無表情で応える。
それを満足そうに聞いてから、那乃は杏を見た。

「さすがね、杏。
さっきの舞は素晴らしかったわ」

着飾った那乃は、いつも彼女の家で見ていたダラけた様子は微塵も感じられなかった。
貴族の娘らしく、優雅に微笑む彼女。
貴族らしく、庶民の杏を見下すような瞳。

杏は混乱した。

「あ、那乃。ねえこれってどういうこと?」

那乃の唇が孤を描く。
それは優美とは言い難く、どこか妖艶な色を含んでいた。

「話してあげる。包み隠さず全てをね。
でも、ここで話すわけにはいかないから、外に行きましょう」

言うだけ言って踵を返す彼女。
那乃は、こんな少女だっただろうか?

杏は疑問を抱きながらも、ついて行こうとする。
しかし、その手を遥が止めた。

「……遥?」

「え?あっ」

杏が声を掛けると、彼は我に返って手を離す。
どうやら無意識の行動だったようだ。

「ハル、ちょっと行ってくるね。
審査発表まではまだ時間があるし、それまでに帰ってくるから」

あくまで軽く明るく言い切る杏を、彼は瞬きを一つの間だけ抱き締めた。

「気をつけて」

どこか強張った声色。
謎な言葉を残して、彼は杏の背を軽く押した。

促された先には那乃が足を止めている。

突き刺さるような視線を杏に向けて。