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温かくて、心地良い。

杏がゆるゆると目を開けると、目の前には壁。
否、それが人だと分かって、彼を見上げる。

ずっと、抱き締めてくれていたの……。

背に回るしっかりとした腕。
愛しい人の寝顔。

いつも、たいてい遥の方が早起きだから、こうして見ることは珍しい。

気の抜けた表情。
隙間から規則正しい吐息を吐き出す唇。
赤茶けた髪毛が頬に流れる。

杏はそれを後ろに梳きやる。
少しだけ硬い、滑らかな手触り。
さらりと流れる髪質が快い。

杏は彼の懐の中で布団から腕を出して、その動作をやめられずに繰り返していた。
しかし、やがてその手を掴まれる。

どきりと心臓が跳ね上がって彼に視線を戻すと、遥は少しだけ意地悪そうに笑っていた。

掴まれた指と指が絡み合う。
そして、遥の口元に導かれた指先に口づけが落ちる。

柔らかい感触。
甘く疼く胸。
肩を竦める。

くすぐったくて、くすくすと笑みが漏れた。

「おはよう、杏」

同じベッドの中。
互いに服を着たまま、身体を寄せ合っている。

そんな状態での朝の挨拶は嬉しさと気恥ずかしさが混じり合っていて、杏ははにかんだ。

「おはよ、遥」

「痣は?まだ痛むか?」

指が絡んだままの手を動かして、遥は彼女の頬を手の甲で擦る。
その手に、杏は頬を寄せた。

「ううん。もう大丈夫」

昨日は気が遠くなるほどに痛かったが、今朝はもうちっとも痛まなかった。
それは夢かと思い違うほどの落差だったが、この状況がそれを打ち消す。
ありがとうと礼を言いかけて、やめた。
代わりに、悄然と紡ぐ。

「……ごめんね」