遥はそこでキッチンから良い匂いがするのに気づき、慌ててキッチンに駆け込んだ。
杏と顔を合わすのは気まずかったけれど、早く仲直りをしないとすれ違ったままになる気がした。

「杏!」

音を立ててドアを開ける。
部屋中を見回した。

けれど、そこには杏は居らず、料理がテーブルの上に並べられているだけだった。

__いつから、これらを作ったのだろう。

杏の部屋からはずっと啜り泣く声が聞こえてきていた。
遥もずっと考えを巡らせながら起きていたが、明け方に僅かばかり眠った。

けれど、杏は一睡もしていないだろう。
あの様子では寝られまい。

遥は腿の横で固く拳を握った。

何度、あのドアをノックして慰めに入ろうとしたことか。
何度、抱き締めたい衝動に駆られたことか。

胸が痛んだのは、杏だけではない。
遥も、彼女に比べたら些細だが、杏が泣いていることに心が痛かった。

それでも、遥は彼女の部屋に入らなかったし、抱き締めることもなかった。
拒否をされた自分が慰めることなんかできないと思った。

けれど、一番怖かったのは……もう一度拒まれること。

「はは、とんだ臆病者だ……」

片手で顔を覆い、くぐもった声は誰にも届かなかった。