闇夜に笑まひの風花を

「すみませんっ!」

不意に横から腕を掴まれる。
そして、男たちの間に滑り込む、背中。

「こいつ俺の女なんで、手離してもらえますかっ!?」

杏は、息を呑んで彼を見る。

どうして……。

「ああん?なんだい、兄ちゃん?」

突然現れた彼に破落戸が絡もうとするが、彼は取り合わなかった。
彼の周りにいた黒いスーツの男が杏の手を握っている奴の手を捻る。
奴は痛みに悲鳴を上げて、彼女を手放した。

「あと頼んだ」

そう残して、自由になった杏を彼が掴んで走り出す。
杏は呆然としたまま、ただ引かれるままに足を動かした。

この背が誰のものかも、声が、手が、誰のものかも、考えなくても分かる。

「__っ!」

溢れるのは、嬉しさでも安堵でもない、居た堪れなさ。

ズキン、と胸が痛んだ。
息が苦しくなって、でも息を吸わないと死んでしまうから、引き攣れた喉で懸命に息をする。

「__っハル!やだ、なんで!? 離してよっ!痛いよ!!」

引っ張られて関節が痛い。
強く握られている手首が痛い。
何より、心が痛い。

痛くて痛くて泣き叫んでいる。

足が痛い。
走るのはもう疲れた。

それでも、遥は足を止めない。
手を離さない。
振り向かない。

「なんでよっ!!」

涙が、溢れた。
瞼が腫れていて浸みる。

汚くなろうと思ったの。
あなたに二度と顔を合わせれないようになればいいって。

なのに、どうして来たのっ。

こんな私、あなたにだけは……見つけてほしくなかったっ!!