走って、走り続けて、どうやら無意識に那乃の家に来たようだ。
荒い呼吸を整えもせず、痛む喉を手で支えて、涙を拭くことも忘れて、門に近寄る。
ここには結構遊びに来ていたから、ふらふらと近寄ると顔を覚えてくれた門番が挨拶をしてくれる。
「こんばんは、坂井さま。
申し訳ないのですが、お嬢さまはまだお帰りになってません。
お時間が許せば、中で__って、坂井さま!?」
同じ庶民だけれど、お嬢さまの客人だからと礼儀正しく接してくれる門番は、やっと杏が泣いていることに気づいた。
どうしたんですか、なんて聞かずに、屋敷にタオルを取りに走ってくれた。
隣で門を守っていた男が声を掛けるが振り返らず、男は門前で悪態をつく。
「ったく。
嬢ちゃん、中で休むか?その制服はお嬢さまと同じ学校だし。そんな顔でふらふらするわけにはいかないだろう?」
荒い言葉遣いだが、気遣ってくれるのが分かって、杏は今自分がどれほどひどい顔をしているのか、ぼんやりと理解した。
そして、一瞬だけ言葉に甘えようかと思ったが、那乃が居ないのに上がっても仕方ないことに気づき、断った。
「ごめんなさい。私、帰ります。
さっきの門番さんにも、ごめんなさいって伝えてもらえますか?」
声は震え、涙で掠れていた。
それでも精一杯見上げた言葉に、門番は何か言いたそうに口を開いたが、声になったのは了解の言葉だけだった。
杏は笑おうと頬を震わせて、門番に向かってお辞儀をする。
踵を返す直前、門の向こうに屋敷に走ってくれた門番が戻って来るのが見えた。
そして、杏はまた歩き出す。
すぐに涙が溢れ、頬を伝った。
もう走る力は残っていなかった。
後ろから、門番が言い争っている声が聞こえる。
胸が痛い。
じくじくと、まるで刀傷から血が流れ出ているように。
世界は闇が降りて、淡い月明かりだけが地上を照らしている。
荒い呼吸を整えもせず、痛む喉を手で支えて、涙を拭くことも忘れて、門に近寄る。
ここには結構遊びに来ていたから、ふらふらと近寄ると顔を覚えてくれた門番が挨拶をしてくれる。
「こんばんは、坂井さま。
申し訳ないのですが、お嬢さまはまだお帰りになってません。
お時間が許せば、中で__って、坂井さま!?」
同じ庶民だけれど、お嬢さまの客人だからと礼儀正しく接してくれる門番は、やっと杏が泣いていることに気づいた。
どうしたんですか、なんて聞かずに、屋敷にタオルを取りに走ってくれた。
隣で門を守っていた男が声を掛けるが振り返らず、男は門前で悪態をつく。
「ったく。
嬢ちゃん、中で休むか?その制服はお嬢さまと同じ学校だし。そんな顔でふらふらするわけにはいかないだろう?」
荒い言葉遣いだが、気遣ってくれるのが分かって、杏は今自分がどれほどひどい顔をしているのか、ぼんやりと理解した。
そして、一瞬だけ言葉に甘えようかと思ったが、那乃が居ないのに上がっても仕方ないことに気づき、断った。
「ごめんなさい。私、帰ります。
さっきの門番さんにも、ごめんなさいって伝えてもらえますか?」
声は震え、涙で掠れていた。
それでも精一杯見上げた言葉に、門番は何か言いたそうに口を開いたが、声になったのは了解の言葉だけだった。
杏は笑おうと頬を震わせて、門番に向かってお辞儀をする。
踵を返す直前、門の向こうに屋敷に走ってくれた門番が戻って来るのが見えた。
そして、杏はまた歩き出す。
すぐに涙が溢れ、頬を伝った。
もう走る力は残っていなかった。
後ろから、門番が言い争っている声が聞こえる。
胸が痛い。
じくじくと、まるで刀傷から血が流れ出ているように。
世界は闇が降りて、淡い月明かりだけが地上を照らしている。

