杏は、頭を振って嫌な思考を追い出し、思わず俯いていた顔をあげる。
そして買い物を済ませ、家に帰って来た。
夕飯の準備を整え、それが一段落したところで、自分の部屋に上がる。

準備中に何度もぼうっとしてしまい、何度指を切りそうになったことか。
どうやら、自分で思っているよりもストレスが溜まっているらしい。

杏はもう一度溜息を吐く。
そして、鏡台に近寄って引き出しを開けた。

引き出しの最奥に隠された、小さな小箱を取り出す。
蓋を開けると、そこにあったのは宝石のついたペンダントだ。
宝石は、箱を開けた瞬間は緑色だったが、夕陽を浴びて赤色になった。

手の中で輝くそれは、アレキサンドライト。

祖母が言うには、拾ったときから杏が首に着けていたものらしい。

着けていると、ちょうど鎖骨の上で輝く宝石。

赤は王族しか身につけてはいけないものだというのに、どうして自分はこんなものを持っている?

どうして私は、これを持っていたの?

祖母に手渡されたとき、繰り返し問いた質問だった。
けれど、あの優しい老婆は決して答えてはくれなかった。

人に見せたらいけないよ、と繰り返してばかりで。


唐突に、懐かしい声が聞こえる。

『……アン__……』

あれは、誰の声だろう。
ひどく優しい、聞き覚えのある声。

『覚えておいて、アン__』

……誰だろう。

頭がぼんやりする。

『-----』

__もし、それを唱えたら、私はあのとき--ーを助けることができたかな……?