アンジェがいなくなってから何日経ったのか、覚えていない。
思ったより早かったような、待ちくたびれたような。

その間、ヒェンリーとリィンは離宮に隔離されていた。
皮肉にも、彼らの後輩たちに監視されながら。

これまでにも幾度か報告は受けていたが、呪術師たちは王とヒェンリーを引き合わせるのを渋っていた。
聞きたいことは山ほどあったのに、安全が確保できないとか、傷に障るとか言って。

おかけで裕も考えをまとめることができたのだから、悪いばかりでもないが。

「力を測定したところ、殿下のお言葉通り、呪術を使える力は残っておりません」

夜分遅くの報告を受けた裕は、翌日にと打診する晃良を却下し、今すぐと答えた。
離宮まで足を運ぶつもりでいた裕だが、意外にも向かったのは謁見の間である。

果たして、ヒェンリーとリィンは術のかけられた縄で手足を縛られ、四方に呪術師たちが控えていた。
裕は王の座るべき椅子に腰掛けてそれを見下ろす。
その両隣には窶れた遥と女官の衣装に身を包んだ結香が立っていた。

「今までご苦労だった、翡苑」

「姫は…」

尋ねたのはリィンだった。
大方、アンジェが現れると思っていたのだろう。
見開かれた瞳は驚きを示している。

「アンジェは帰ったよ。お前たちを置いてな」

「姫は死ぬ!間もなくだ!」

ヒェンリーは裕を睨み、呪いの言葉を吐き捨てた。
王子が眉根をきつく寄せて不快を表すと、彼の縄から電流が走った。
身体を震わせ、床に倒れ込む。
痺れて舌さえ回らない状況で、しかしヒェンリーは裕を見上げ睨みつけた。
その目を見下ろしながら裕は足を組む。

「北の塔で叫んでいたお前の言葉、忘れはしない。おかけでいろいろ考えてみた。なんとも巧妙に嘘を交えていたものだな、お前」

いっそ感心する、と感慨のない声で王子は笑った。

「私たちの部屋にあるのは、アンジェの作った護法だ。遥のものは魔に破られ、晃良が作り直したようだが。
それより前から、一宮那乃の部屋には邪気払いの術と気温調整の術が施されていた。それを施行したのは、翡苑だと聞いているが」

それは那乃の体調を気遣っていたようで、しかし回復の兆しはなかった。
それどころか年を重ねるにつれて容体は悪化し、終いには静療しなければならなくなるほどだった。

「俺は呪術のことは分からない。だから、考えた。
もし、それらの術が逆の効能の術だとしたら」

「では殿下。お尋ねしますが、何のために」

冷静に問うたのは、リィンだった。
その問いに裕は即答する。

「那乃を殺すために。
大方、アンジェの存在を鬱陶しがっていた一宮に取り入ったのではないか?」

「ふ、それは無理ですね」

ヒェンリーが笑う。
一笑されるほど、これには無理があった。

裕は背を椅子に預けた。

「ああ、そうだな。その頃お前は新たな呪術師を求めて悠国を旅していたはずだ。関の通行記録が証拠になる。だが、琳それは本当か?
13年前、旅に出たのは誰だ?」

先王の命を受け、晃良や芽依を探したアミルダの呪術師。
悠国各地を旅して、わずか数人を送り込む。
それに奔走する呪術師が帰ってきたのは、全てが終わってしばらくした頃だった。

リィンは話が分からない、というようにきょとんとしていた。
当然だ。

「13年前でしたら、私です。ヒェンリーは城に居たはずですが」

「だが、私の記憶では、13年前、禁術を犯そうとしたアンジェに水を差し入れたのは、琳、お前なんだ」

「いいえ。私は姫様の禁術に立ち会っておりません。もしそのとき私がそこにいたのなら、引っ叩いてでも止めさせてました」

呪術師ならば、知っている。
アミルダの国民なら、子供でも知っている。
禁術の対価を。

蘇らされたアルファル。
彼は姉の亡骸を抱いて、慟哭した。
しかし、リルフィを蘇らせることは叶わなかった。

力をリルフィにあげてしまったからではない。

死んでいない魂を呼ぶことはできないからだ。

リルフィは死んでいない。
魂の抜けた身体は朽ちても、魂は風のない湖に留まっている。

禁術を犯した者に救いはない。
だから、彼らは全力で止めた。
トゥインが言っていたことが叶わぬ幻想であると知っていたから。

しかし、書庫に籠り禁術を計算するアンジェの元を訪れた呪術師は、止めるどころか力を貸すように水を置いて行った。
リィンは隣でうずくまる男を信じられない思いで見つめた。

「ヒェンリー、あんた私の姿に化けてたね?」

男は唇を噛んで答えない。
自白剤が効いてきたのか、勝手にその通りだと笑う唇を噛み締め、首肯しようとする首を床に擦り付ける。

「往生際の悪い…」

裕は鼻で笑ったが、それこそが肯定の証だった。