震える唇の隙間から押し出された声は小さかった。
けれど、その瞬間、陣が眩い光を発光する。
裕は思わず腕で目を庇った。
それでもまぶたの裏が焼ける。
がらがらと大きな音と砂煙を上げて天井が崩れ、瓦礫が降ってくる。
視力を失っている彼は避ける術を持たず、潰されることはなかったが、身体のあちこちに怪我を負う。
突然、獣の咆哮のようなものを耳にして、裕は庇いつつも目を開ける。
砂煙の先、杏は陣の中心で気を失うように転がっていた。
その周りに大きな瓦礫が見当たらず、彼は知らず安堵した。
召喚の媒体である陣の上に、赤茶の長い髪の女性がふわりと浮いている。
遥と同じ髪だ、と思った。
崩れた天井の更に上。
夜空に同化するように何やら蠢く影。
それは静まり返った夜に似合わぬ咆哮を叫び続けている。
それを無視して、女性はぐるりと見渡した。
一瞬目が合い裕の心臓が跳ねるが、彼女の目線は素通りし、杏を見つけて止まった。
「久しぶりね、アンジェ」
聞こえる声は、不思議と頭に直接響くようだった。
びくりと身体を震わせた杏が虚ろな目をさ迷わせて、赤茶の女性を見て目を見開いた。
呼吸は未だ浅く、細い。
「……あなた……」
「お疲れね。 言ったでしょう?あなたの術は無駄が多いのよ。遠回りするだけ、力も余分に使うことを覚えなさい」
杏は目を開けていることすら億劫なのか、重い瞼を閉じてしまった。
痣の出血は止まらない。
指先が痙攣を起こしていた。
時間がないことを悟った彼女は、青白い顔で細く息をする杏の顎を持ち上げる。
「さあ、願いなさい」
杏はゆっくりと瞳を開ける。
「アンジェ」
促す声に重なるように、崩れ建て付けの悪くなった扉が粉砕された。
「ああっ!」
土煙の中、聞こえたのは感激の声。
リルフィはそちらを睨み、杏は怠そうに振り返る。
「なんて美しい!」
その先に姿を現したのは、ヒェンリーだった。
「お会いしとうございました。お目にかかれるなんて、なんて光栄なことかっ」
長々と口上を語る彼に、リルフィは眉を顰める。
「誰?あれ……」
「ひえん……」
杏は回らない舌で答えた。
どうして彼がここに来たのか、動かない頭では答えを出せない。
しかし、彼は嬉々として話し出す。
裕がそこにいることにも気づかぬまま。
「ヒェンリー・ダストと申します。私はあなた様にお願いがあって……」
しかし、リルフィの声は一段と低く、言葉遣いも荒くなる。
「よくもその面を私の前に出せたものね。お前が何をしたか、私が知らないとでも思ったか?
願いだと?馬鹿を言うな。私を呼び出したのはお前じゃない。お前の望みを叶える云われはない!」
「あ……。 違う、私は……あなたにお会いするために……」
往生際が悪くも尚追い縋る姿は滑稽を通り越して、不快でしかない。
「黙れ。邪魔だ」
ぴしゃりと彼をはね除けて、若干声を和らげてその後ろに声をかけた。
「そんなところに突っ立っていないで、入りなさい。 我が血族よ」
そろりと顔を出したのは遥だ。
裕はリルフィの台詞に眉根を寄せる。
遥は力なくリルフィに凭れている杏を見つけるなり、その名を叫んだ。
「杏っ!」
すぐさま駆け寄って、抱き起こす。
青白い顔の彼女が浅くも息をしていることに安堵の息を吐いた遥は、次に裕を見つけ手招きした。
「兄さん!たくさん怪我してる。酷いところは?止血しないと」
傍に寄った裕を見るなり、顔を蒼白にした彼は、躊躇なく自らの服を破こうとし、兄は大丈夫だとその手を止めた。
遥の片手は杏を抱き締めて離さない。
それを見下ろして、リルフィは鼻を鳴らした。
けれど、その瞬間、陣が眩い光を発光する。
裕は思わず腕で目を庇った。
それでもまぶたの裏が焼ける。
がらがらと大きな音と砂煙を上げて天井が崩れ、瓦礫が降ってくる。
視力を失っている彼は避ける術を持たず、潰されることはなかったが、身体のあちこちに怪我を負う。
突然、獣の咆哮のようなものを耳にして、裕は庇いつつも目を開ける。
砂煙の先、杏は陣の中心で気を失うように転がっていた。
その周りに大きな瓦礫が見当たらず、彼は知らず安堵した。
召喚の媒体である陣の上に、赤茶の長い髪の女性がふわりと浮いている。
遥と同じ髪だ、と思った。
崩れた天井の更に上。
夜空に同化するように何やら蠢く影。
それは静まり返った夜に似合わぬ咆哮を叫び続けている。
それを無視して、女性はぐるりと見渡した。
一瞬目が合い裕の心臓が跳ねるが、彼女の目線は素通りし、杏を見つけて止まった。
「久しぶりね、アンジェ」
聞こえる声は、不思議と頭に直接響くようだった。
びくりと身体を震わせた杏が虚ろな目をさ迷わせて、赤茶の女性を見て目を見開いた。
呼吸は未だ浅く、細い。
「……あなた……」
「お疲れね。 言ったでしょう?あなたの術は無駄が多いのよ。遠回りするだけ、力も余分に使うことを覚えなさい」
杏は目を開けていることすら億劫なのか、重い瞼を閉じてしまった。
痣の出血は止まらない。
指先が痙攣を起こしていた。
時間がないことを悟った彼女は、青白い顔で細く息をする杏の顎を持ち上げる。
「さあ、願いなさい」
杏はゆっくりと瞳を開ける。
「アンジェ」
促す声に重なるように、崩れ建て付けの悪くなった扉が粉砕された。
「ああっ!」
土煙の中、聞こえたのは感激の声。
リルフィはそちらを睨み、杏は怠そうに振り返る。
「なんて美しい!」
その先に姿を現したのは、ヒェンリーだった。
「お会いしとうございました。お目にかかれるなんて、なんて光栄なことかっ」
長々と口上を語る彼に、リルフィは眉を顰める。
「誰?あれ……」
「ひえん……」
杏は回らない舌で答えた。
どうして彼がここに来たのか、動かない頭では答えを出せない。
しかし、彼は嬉々として話し出す。
裕がそこにいることにも気づかぬまま。
「ヒェンリー・ダストと申します。私はあなた様にお願いがあって……」
しかし、リルフィの声は一段と低く、言葉遣いも荒くなる。
「よくもその面を私の前に出せたものね。お前が何をしたか、私が知らないとでも思ったか?
願いだと?馬鹿を言うな。私を呼び出したのはお前じゃない。お前の望みを叶える云われはない!」
「あ……。 違う、私は……あなたにお会いするために……」
往生際が悪くも尚追い縋る姿は滑稽を通り越して、不快でしかない。
「黙れ。邪魔だ」
ぴしゃりと彼をはね除けて、若干声を和らげてその後ろに声をかけた。
「そんなところに突っ立っていないで、入りなさい。 我が血族よ」
そろりと顔を出したのは遥だ。
裕はリルフィの台詞に眉根を寄せる。
遥は力なくリルフィに凭れている杏を見つけるなり、その名を叫んだ。
「杏っ!」
すぐさま駆け寄って、抱き起こす。
青白い顔の彼女が浅くも息をしていることに安堵の息を吐いた遥は、次に裕を見つけ手招きした。
「兄さん!たくさん怪我してる。酷いところは?止血しないと」
傍に寄った裕を見るなり、顔を蒼白にした彼は、躊躇なく自らの服を破こうとし、兄は大丈夫だとその手を止めた。
遥の片手は杏を抱き締めて離さない。
それを見下ろして、リルフィは鼻を鳴らした。

