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コンコン、と白塗りの扉を叩く音がした。
その音に我に返った二人が名残惜しそうに身体を離す。
返事がなくも開いた白の隙間から現れたのは、鉄色の髪を揺らす芽依だった。

「お目覚めだったのですね、舞姫」

ふうわりと浮かべた彼女の微笑があたたかくて、杏は知らず安堵する。
けれど、まだ血の気のない彼女が身を起こしているのを見咎めて、芽依は隣の遥に鋭い視線を向ける。

「まさか、王子が目を覚まさせたのではないでしょうね?」

「おいおい、柊崎さん。それはあんまりだよ」

その言い草に、彼は苦笑を返した。

医術師には王族も世話になるため、彼らは敬意を抱いているものの王や王子にも遠慮はしない。
彼らが体調を崩しながら無理を通そうとするなら、それを咎めるのが役目だ。

遥の返答には取り合わず、次に彼女は杏に再び目を向けた。
それには最初のような優しさはなかった。

「杏さん、あなたは何を考えてるんです?」

突然の詰問口調に、杏は目を瞬いた。

「睡眠不足と栄養失調と過労が重なって倒れ運ばれてきた人が、点滴を自分で腕から抜いて、医師の診断も受けないうちに勝手に病室から抜け出すなんて」

彼女の罪状をつらつらと並べられて、杏は二の句が継げない。
隣から突き刺さる遥の視線が痛い。

揺れる鉄の髪の間から覗く瞳に宿る感情は、怒りではなく哀しみ。

ああ、この目を知ってる。

静かに怒りながら相手に否を言わせない口調。
哀しみの瞳。

この優しい人を、知ってる。

__そうだ、あれは聖華学園でのこと。
理不尽な嫌がらせに立ち向かってくれた、鉄色の少女。

『一人にこの人数で寄ってたかって、人の嫌がることだと知りながら実行して笑い者にし、才能の芽を潰して自らを優位に立たせようとするなど、恥を知りなさい』

瞼に残る凛とした姿。
葡萄色の瞳は哀しげに揺れていた。

「……杏さん、聞いていますか?
体調の回復の次第によっては、朝賀の出席は許せませんよ」

「それは困るわ、芽依さん」

杏はさも困ったように目尻を下げて笑う。

淡紅の瞳は微かに潤んで、朝陽を反射してきらりと輝いた。