あの女。 あのときの女。

それが十三年前、男の愛娘から許婚を奪っ た女らしい。
その娘よりも一つ若い、まだ六歳の幼女だ ったというから末恐ろしい。

名を杏というらしいその女は、裕が婚約者 であるというのに彼女から遥を奪い、失意 のままに殺したのだ、と幼い頃から__そ れこそ拾われたときから延々と義父が語っ ていた。

……最初は関わる気などなかった。

けれど、接点を持ちたい王子らの祖母の愛 弟子は皮肉にも、杏という少女だった。
仕方なく、機会を伺いながら少女を観察した。彼女から遥様を奪った悪女を見定めてやろうと。
しかし、観察を続けていると、義父の話が信じられないくらい 、純粋な少女に見えた。


少女はいつも笑っていた。
少女は望んだものはすべてと見紛うほど数多くを手に入れ、少女を羨み妬むものは多 かった。
少女がいじめや嫌味を受ける度、友達面を して手を貸した。

相手を油断させるため、だった。
それだけのはずだった。
泉様との橋渡しが済めば用のなくなる、それだけのつもりだった。

その笑顔が眩しかったのに、己に嘘を吐いて誤魔化していた。

秋の舞踏会のとき。
もう、要らないと思った。
予定がずれて思いの外時間がかかったが、遥様と知り合えたから。
最後に、もう二度と 笑えないようにしてやろう、と どん底に 突き落とした。
どうせ捨てるなら、と。
友達なんかではなかったのだと言えば、少 女の存在自体を否定すれば、多少は『那乃 』の想いを返せるかと思った。

けれど、きっと少女の涙を見れば、笑顔で はない表情を見れば気分はすっきりすると 思ったのに、胸はズキズキと痛くて、ちっ とも気は晴れなかった。
どうしてなのか……彼女には分からなかっ た。

『那乃』は遥を好いていた。
親に与えられた許婚という形だけでなく、 心から。
『那乃』は月の半分を城で過ごすほどだっ たし、それをなかなか許さない父に話して 説得するほどだったという。

そんな『那乃』から許婚を奪った少女に、 一矢報いたはずなのに……。