ちょうど、舞踏会に出れる花姫の選考が終わった頃だった。

遥と並んで歩く登校中に、杏は路地の隅に黒い車を見つけた。
磨き抜かれた漆黒の車体。
簡素な住宅街には不釣り合いな光景。

それは、再びの迎えを意味する。

杏は遥といつもの別れ道で別れると、家までの帰路を戻った。
車のある路地はあまり家に近くなく、前回の帰りに杏が降ろしてもらった場所だ。

肯定の言葉を返した杏に王子は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、鈴で侍女を呼んで着替えと食堂への案内を命じた。
あの日、杏は食欲のないまま、遅い昼食を馳走になって家に帰ったのだった。
だから、再び王子から呼び出しがあることは知っていたし、そのときは家まで来ないようにと頼んだのだ。

杏は唇を噛み締めて、彼らの前に立つ。

どちらかと言えば二度とあの王子には会いたくなかった。
そもそも、王子の自室に二人きりだなんて怪しすぎる。
自らに流れる血のことも、自分の正体も、知りたいと思う好奇心より恐怖の方が勝る。
このまま遥と平和に暮らせれたらどんなにいいか……。

それでも、選択したのは自分だ。

逃げられないことは知っている。
この血は杏が生きている限り、彼女の身体を巡るのだから。

__覚悟を、決めなくてはいけない。

それが、幸か不幸かどちらに転がるのか分からないなら、尚更。

……ハル、ごめんね……。

あなたが信じてくれた私だから、私は私に賭けてみようと思う。

大丈夫、遥が待ってくれている。

俯いて帰ってきた杏を抱き締めてくれた、彼を思い出す。

あなたの傍が好きだから、
あなたに抱き締められるのが好きだから、
だから私は帰ってくる。

「__行きましょう」

ぽかりと開かれたドア。
広い空間。
低い、男の声。

ハル、少しだけ行ってくるね……。