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多重円と四角と月の模様。
その間に埋められている、白から赤まで様々な色の特殊文字。

それがスラスラと紙に描かれていく。
複雑な陣ではあるが、杏は一度見たものは忘れない自信があった。
そして、寸分違わず紙上に再現される、召喚の術式。

ざわりと、身体の奥で魔が騒いだ気がした。

杏はそれさえも無視して、術式の解読を始める。
召喚術の基礎的な流れに沿って計算を繰り返す。
術式の書かれた紙と計算用紙、解読された法則の記された紙が目の前に散乱する。

天頂より少し西に傾いていた太陽はやがて沈み、空が暗く染められる。
月は雲に隠され、闇が深い。

ざわざわと痣が更に騒ついて、鳥肌が立った。

__体内の魔が、興奮している。

それが杏に伝わり、身体の支配権を奪おうとする。
けれど、彼女は手を休めようとしなかった。
杏の代わりにペンダントがふわりと浮いて、乗っ取ろうとする魔を鎮めてくれる。

それを夜中繰り返し、夜明けとともにその攻防は終結した。
杏は大きく息を吐く。

太陽が顔を出す頃、術式は解読を終えた。
数枚の紙に使用された法則が並んでいる。
そこから導き出される、召喚の対象物と属性。

杏は思わず両の掌に顔を埋めた。

魔の属性は夜でも影でもない。
__闇。
しかも、暴れものを望んだようだ。

闇の属性は最も扱いにくく、正体が掴みにくい。
万が一、召喚物を消すときの対応策も他に比べて面倒だし、危うい。

闇には際限がない。
対の光でも闇が深ければ呑まれてしまう。
すべてを覆い尽くすもの。
それが、最凶と位置づけられる闇属性。

それを彼らが知らぬはずはないのに。
どうして、よりにもよって闇属性なのか。

杏にはティアを始めとする呪術師たちの考えがよく分からなかった。

杏は記憶の中の、恐ろしいまでの邪気を思い出す。
あれと相対すると思うとゾッとする。
弱音が零れそうになる。

高位の呪術師らが二十人弱集まっても押し返せなかった、魔。
それを杏は消さなければならないのだ。

最凶の闇を司るものの中でも特に気性の荒い、存在を。

彼女は震える我が身を抱き締めた。

いづれ儚くも散る生命だ。
一度は自ら捨てようとした生命だ。
このままでは魔に食い潰される生命だ。

__どうして、怖がる必要がある?
どうして諦める謂われがある?

まだ、何もしていないのに。
望みが全て絶たれたわけではないのに。

杏は瞼を押し上げた。
瞳に映るのは、麗らかな朝の日差し。
それに反射する、簪。

杏はそれを一瞥すると、新しい紙にペンを滑らせ始めた。
描かれるのは、新しい術。

__取り交わした契約。
先に破ったのは、お前よ。