そのとき、がらりとその部屋のドアが開いた。

「おい、杏。ちょっといいか__!? 杏!?」

入ってきた遥が蹲る杏を見つけ、駆け寄った。
そして声を掛けながら、彼女の背を撫でる。

「杏!ちょっ、どうしたんだよ。
どっか痛いのか?心臓か?」

摩られながら、杏は痛みが引いていくのが分かった。
遥が触れたところから、急速に痛みが消えていく。

やがて、彼女はふうと息を吐いた。

「ごめん、はる……。
なんでもないよ。大丈夫」

遥には、言えない。

寂しいなんて……怖いなんて、口が裂けても言えない。

それは、彼らのくれる愛を疑うことになるから。

せめてなんでもない風を装って立ち去ろうとするが、遥は許してくれなかった。
踏み出した足と同時に振れた手を、掴まれる。

「なんでもないなんて、言うな」

声は些かな怒りに震え、瞳に哀しみが揺れる。
赤銅色の、綺麗な色だった。

杏はそれに見惚れ、その隙に抱き締められる。
顔が彼の懐に埋まる。
大好きな、彼の匂いが鼻を擽った。

「全てを話せなんて、言わない。訊かれたくないことなら、訊かない」

杏は、遥に王子に召されたことは話していなかった。
だから彼は、あの日何もあったのかも、どうして泣いていたのかも知らない。

……知らないままでいい。
これからも話す気はない。

大罪を犯すと言われた血を持つ私がハルを巻き込めば、きっとハルも危険に晒すことになる。

それが、恐ろしかった。

「でも、杏。独りで抱え込まなくていいよ。辛いときに誤魔化してわざと笑わなくていい。話したくないことなら聞かないから、独りで泣くなよ。
なんでもないなんて、突き放さないでくれ……」 

尻窄みに消える声。
身体に回された腕の力。
彼の全てが、懇願する。

杏の心が一気に脆くなる。
胸がぎゅうっと握り潰されるようだった。

ハル……。

このまま彼に縋って、全てを吐露してしまいたかった。
それができたら、どんなにか楽だろう。

彼はきっと、杏を支えてくれる。
助けてくれる。
今までが、ずっとそうだったように。

けれど__。

ねえ、あなたは知ってる?
私が何者なのか。