暗くなった雰囲気を明るくしようと、杏の涙が止まったことを確認して那乃は話題を変える。

「そういえば、杏がこの前休んだときあったでしょう?
あのときに、舞踏会の希望確認があったのよ」

杏と那乃が通っている学校は、舞姫の養成学校だ。
舞姫とは、王家直属の舞を踊る女性のこと。
式典や祭典、その他の行事で場を華やかにする役目を負う。

そして彼女が話す舞踏会とは、王城で年に一度開かれるダンスパーティーのことだ。
そこには杏たちの学校も参加が許され、多くの場合そこで舞姫として引き抜かれる。
言わば、舞姫のオーディションだ。

杏の学校も参加できると言っても希望者全員ではなく、希望者の中から十人が選ばれ、花姫として舞踏会に参加できる。

舞踊を習う者にとっての憧れだ。

そんな日に限って欠席していたなんて、と青くなる杏に彼女は微笑した。

「大丈夫、杏の分も希望出しといたから」

その言葉に、杏は安堵した。

「ありがと、那乃。良かったぁ……」

顔を綻ばせる彼女に、那乃はからかいの笑いを向ける。

「相手役は当然、遥くんでしょう?杏は先生に気に入られてるし……やっぱり、二人はゴールデンコンビね」

舞は普段一人もしくはグループで演目を熟すが、舞踏会はどんな舞にも精通しているとの証明に、学校ではあまり授業のない男女ペアが必須条件だ。

楽に精通し、音感もリズム感も抜群の遥。
華やかさとセンスを併せ持つ、学校で舞姫に最も近いと噂される杏。
相手役として不足はないし、今までも何度も互いのパートナーを務めた。

「そんなこと__」

「ないって言ったら、私グレるからね」

謙遜は確かに美しいが、すぎるとただの嫌味にしか聞こえない。
先生にも気に入られ、噂まである杏が謙遜するのは、那乃には酷だ。

そう言われてもなぁ……。

けれど、杏は今の自分に満足はしていない。
思わず苦笑した。

「まあ、おばあちゃまに習っていたから、それなりにはね……」