闇夜に笑まひの風花を

彼女の声は自らの犯した罪の重さに震えていた。
そして、そんな自分が更に情けなくなる。

顔が上げられなかった。
もし顔を上げたとき、晃良が杏を責めたり軽蔑したり、憎んだ目を見てしまったら、今度こそ心は砕けるだろう。

一切の事情を知らない彼がそんなことはするはずもないのに、彼女は怯えていた。

今まで、幾度も壊れかけ崩れかけた心を守ってくれた彼は、もう……傍には居ない。

心を抉り、更に脆くする現実。
忘れていたところから血を溢れ返す過去。

まるで、忘れることは赦さないと叫ぶように。
決して逃れさせはしないと追い詰めるように。

「__……そうですね……」

遥よりも若干掠れた声。
そこには彼のような甘さはない。

それが当然のはずなのに、感情の篭らない平坦な声は彼女にはひどく冷たく聞こえ、びくりと肩を揺らした。

「そういう人も居ることは確かですよ。
僕は十二年前にここに来ましたが、同期が一人いました。名を、芽依と言いました」

そうして、ゆっくりと彼は語り出す。


当時、晃良は十歳を幾らか過ぎた頃、芽依は十五歳だった。
芽依は地方の下級貴族で、両親には「王がご所望だ」と説明され、家を出たと話していたという。
彼女は離宮で初めて晃良に会ったとき、そう言って楽しそうに笑っていたが、彼女がここに来たのは王の寵愛のためではなかった。
両親はあわよくば、とそれを望んでいただろうが、彼女は違った。

『私ね、妹がいるらしいの』

『らしい』というのは、実際に会ったことも見たこともなく、つい先日知らされたことなのだと言う。

招集の二ヶ月前、十五歳の誕生日のことだった。
実は、とカミングアウトされたのは、芽依は引き取られた子供だということ。
そして、彼女の別れ際にひどく泣いて縋った子供が居たそうだ。
それが妹だった。
両親は可哀想だったが、二人も引き取る余裕はなく、苦渋の判断の末、姉妹を離れ離れにさせてしまった、と言って泣いたらしい。

だから芽依は、この機会に妹を探したい、そのために来たと言っていた。

芽依は優秀だった。
文字の覚えも早かったし、術の成功率も高かった。
彼女は成長するとともに、その才能も伸ばしていったと言う。

杏には悠国の呪術師の選出方法はよく分からない。
晃良も覚えていないらしい。
けれど、彼らはこうして呪術を扱えるのだから、選出方法は正確のようだ。

しかし、芽依という呪術師は今は居ない。