闇夜に笑まひの風花を

晃良は一向に答えず、食事の手さえ止めて深く思い悩む顔をした杏を見つめた。
そして、答えが得られないことを悟って、溜息を吐く。

杏が責められるべき謂れはない。
呪術師は依頼者の望みを叶えるべく術を発明し、力を行使する。
当然守秘義務もある。
おまけに、杏の依頼者はこの国の王だと聞く。
軽々しく尋ねた自分が軽率で無神経なのだ。

晃良はじっと考え込む杏の目の前で手を叩いた。
ハッ、と杏が我に返る。

「すみませんでした、杏。忘れてください」

「……あ、いえ……」

杏は気まずそうに視線を泳がせる。
つくづく、自分は仲間のはずの彼らに心を開けず、本当のことを何も言えないことを知り、後ろめたくなった。

もし、私が亡国の姫で、得体の知れないものを体内に宿していると言ったら、どういう反応をするんだろう。

それを考え出すと寂しくて、悲しくなる。

寂しさなんて、抱く権利は私にはないのに。

そして彼らも、杏がアミルダの呪術師たちを殺さなければ、ここに連れて来られることもなかったのだ。

「ごめんなさい……」

申し訳なさと居た堪れなさに、杏の唇から思わず謝罪の言葉が零れた。

「どうしてあなたが謝るんです?あなたは悪くないでしょう?私が軽率だっただけです」

そう言ってもう一度頭を下げる晃良に、杏はひどく哀しい微笑を返した。

ほら、冷めてしまいますよ。早く食べなさい、と促され、杏は食欲はないものの手を動かす。
しかし口に運ぶことはなく、皿の上で料理を遊んでいた。
行儀が悪いのは百も承知だが、この心の重さをどうすればいいのか分からない。

遥が居ない。
幼い頃から……それこそ『アンジェ』のときから、頼ってきた優しい彼が傍に居ない。

今更ながら、そのことがひどく辛かった。

巻き込まない、と。
あのとき彼の母に誓ったのに。
それすら守り通せないくらい、彼女の心は弱かった。

そして、この息苦しさから逃れるために、杏は視線を料理に向けたまま、晃良に尋ねる。

「あのね、晃良さん。あなたは、呪術師に選ばれたことを、後悔してますか?」