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「__……。
あのさ、杏。ずっと言おうか言うまいか迷ってたんだけど、」

徐に切り出したのは杏の親友、那乃である。

杏は家に居ても遥は作曲中だから、と彼女の家に押し掛けていた。
那乃は貴族の娘であり、家も杏たちの家の数倍ある。

でも、王城には敵わないけど。

久しぶりに見た外装に、杏は失礼にもそんな感想を抱いた。
しかし、那乃の家も貴族の中でそこそこに高い地位を維持していて、普通ならば杏には高望みな家であることは確かだ。
客室から住み込みで働く者の部屋まで数ある中、彼女らは那乃の自室のベランダでお茶をしていた。

杏は茶請けを齧り、目線で先を促す。
那乃は疲れたように机に肘をつき顎を載せるが、それを咎める者はいない。

「あんたたちさ、その新婚風の朝やめなって」

「は、新婚?」

思わぬ言葉に杏は瞬いた。
ちなみに、突然来た理由を語るために、杏は今朝の出来事を全部話したのだ。

「じゃあ、熟年夫婦?」

「どっちも違うって!そもそも夫婦じゃないよ~」

杏の緩い抗議に、那乃は紅茶を一口飲んだ。

「幼馴染にしてはラブラブすぎると思うんだけど?」

「そうかな?」

那乃はジト目になるが、杏は相変わらず呑気だ。

「第一、ノックもなしに入ってくるなんて、万が一着替えてたらどうするのよ」

遥がノックをせずに入ってくるのは、中で杏が眠っているか、まだ頭が冴えずベッドの上でぼうっとしている時間帯だけだ。
それを知っている杏は当然のように返す。

「出て行ってもらうよ」

「見られたら?」

「別に気にしないよ。
だって、ハルだよ?もう何年一緒にいると思ってるの?」

遥は杏の痣が胸の谷間まであることを知っている。
そのときは下着を着用していたから全ては見られていないが、遥に見られるくらいどうもしない。

けれど那乃はそうは思わないようで、信じられないと言いたいように声を荒げる。

「何年一緒に暮らそうが気になるものは気になるでしょう!?
それともなに?あなたたちは幼馴染なのにお風呂でも一緒に入ってるの!?」

声量は部屋の外に聞こえるほどではないけれど、杏は彼女の興奮を鎮めようとする。

「那乃、落ち着こうよ。
そんなことないに決まってるでしょう?私たちは幼馴染だよ」

杏ののほほんとした態度に勢いを削がれ、那乃は脱力した。