けれど、王の気は収まることなく、それどころか更に煽るばかりで、彼は怒鳴り散らす。
「どうしてだと!?馬鹿を申すなっ!
お前など、我が息子ではない!! 出来損ないの、愚か者めがっ!!」
唾を飛ばして、遥を罵る王。
遥はグッと拳に力を込めて耐えた。
父王の罵声には慣れている。
けれど、杏には隠しておきたかった。
こんな、格好悪いところ。
興奮を収めない王の隣で、那乃が状況について来れないというように、困惑している。
この状況の元凶とも言うべき彼女のそんな姿も、遥は憎めなかった。
彼女は悪くない。
杏も、兄も父王も、きっと誰も悪くない。
だから止められない、流れ。
止まらない、事態。
「翡苑!何をしている!! 早くせぬかっ!」
杏を早く殺せと王が怒鳴る。
盲目に、叫ぶ。
「陛下……」
その命令を下された翡苑は顔色をなくす。
その戸惑いを杏は痛いほど感じ取る。
彼には立場がある。
王の居ないところで姫と可愛がってくれていても、生き残るために誓った王への忠誠。
そして、王の理不尽に見える命令の理由を知る者が止められるはずもない。
どうしようもない、この状況。
分かっている。
私が、被害者面をするのは間違いだということは。
罪。
咎。
消せない過去は受け入れるしかない。
名。
血。
変えられないそれらは、償わなければならない。
あのとき__『逃げた』あのときと違い、今、彼女は大人だから。
どうしようもない理由が、分かってしまうから。
__パチリ。
指を鳴らす音。
戸惑いと困惑と、不安と焦りと……いろいろなものが混ざった空間に、不適切にも思えるそれが、不思議なほど響いた。
それ自体は小さな音だったが、王の興奮を抑え、全員の心さえも鎮めて、視線を集める。
杏は、呆然と戸惑いと驚きの綯い交ぜになった視線を受け、立ち上がった。
彼女を囲んでいた男たちは、無意識に彼女から少し距離を取る。
瞳に哀しみを隠し、杏は精一杯王を見つめた。
「私の名は、アンジェ・リラ・アミルダ。アミルダ国王家の最後の末裔。
あなたの妻であり二人の王子の母、都夕希(つゆき)さまを殺めた者でございます」

