~♫♬♩~♪♬~♬♩~……

麗らかな朝の日差しを受けながら、杏はメロディーを口ずさむ。
そこに、遥がドアを開けて入ってきた。

「おはよう、杏。
それ、学校で習う新曲?」

突然彼が入ってきても、杏は驚かない。
もう慣れたものだ。
にこりと笑って挨拶を返す。

「おはよ、遥。
違うよ。なんかね、うろ覚えなんだけど、どこかで聞いたことのあるメロディーなの」

遥を見上げる瞳は、言外に知ってる? と尋ねていた。
けれど、遥は肩を竦めた。
杏は首を傾げる。

どこかで聞いたことのあるメロディーだ。
けれど、どこで聞いたのか思い出せない。

「良い曲だね。もう一回歌って」

杏は遥に共感してもらえたことが嬉しく、破顔する。
そしてもう一度メロディーを口ずさもうとするが、杏は眉根を寄せた。

「__あれ……?忘れちゃった……」

なんだか懐かしいような感覚だけを残して、メロディーを忘れてしまった。
否、その音を口ずさんでいることすら、無意識だったようだ。

杏は情けないやら寂しいやらで唇を噛む。

そこに、中低音の声が響いた。

~♫♬♩~♪♬~♬♩~……

「……確か、こんな感じだったよね」

ドアの向こうでかすかに聞いただけだが、遥は先ほどのメロディーを正確に再現した。
杏の表情がみるみる晴れていく。

「すごいな、すぐ覚えちゃうんだから」

「いや、楽に関してだけだよ。
なぁ、杏。これ曲にしてもいいか?」

「わぁ、素敵!できたら是非聞かせてね」

杏は目を輝かせる。
遥の作る曲はいつも素敵なのだ。

「じゃあ、杏は舞をつけてくれよ。久しぶりに共演しよう」

遥が楽に精通し作曲を手掛けるように、杏は舞踊に秀でている。
祖母が存命のときはよく遥の作った曲で舞っていたものだが、最近はとんとご無沙汰だ。

杏は迷う暇もなく笑顔を返した。

「喜んで」

遥はそれをひどく優しい眼差しで見つめて、琥珀色の髪を梳く。

「よし。
降りておいで。ご飯にしよう」

遥の指先から、杏の髪毛がするりと抜けた。