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杏の自室は、裕や遥の部屋と同じ建物内にある。
後宮と呼ばれる建物の端。
そこが彼女に与えられた部屋だ。

後宮と言えば、王たちを始め、その妃たちの住むところ。
今は一夫一婦だが、昔は一夫多妻だったため部屋がたくさん余っているという。
だから、王や兄弟の部屋は離れているし、それらから杏は随分と遠いところで寝起きしていた。

この城で暮らすようになってからもうすぐひと月。

雪が、降り始めていた。

夜も更けた頃だった。

呪術を習い始めた杏は徹夜が当たり前になってきていて、その日も例に漏れず、わずか数時間だけ眠るために後宮に帰る。
その、途中のことだった。

誰かの叫び声が聞こえた気がする。
切羽詰まった、悲痛な声。

それが尋常ではないことを悟って、杏は声の方に走る。
この後宮内で聞こえたということは、王か王子か。

寒さに頬を赤く染めて、やがて辿り着いた先は、以前も呼ばれた裕の自室。
声は中から時折聞こえるのに、護衛をしている兵たちは扉の前から一切動いていなかった。

「何事ですかっ?」

息せき切って尋ねるも、兵たちは問題ないと言うだけ。
その態度に、カッとなった。

声は、明らかに尋常ではないのに。

「問題ないわけがないでしょう!? 
賊が侵入したのかも。確認しますっ」

とにかく中に入りたかった。
けれど、それさえ兵たちに阻まれる。

「雪が降り出すとよくあることなんだ。いちいち反応してたらキリがない。
殿下には害はないからお引き取り願おう」

まるでこんな事態には慣れていると言わんばかりの態度。
そんなことで、万が一でもあったらどうするつもりなのか。

「うあああ"ぁっっ!」

また、声。
それを聞くと泣きたくなって、どうしよもない。

自分でもよく分からない衝動に駆られ、気がつくと杏は、道を阻む兵の持つ槍の先を呪術で切り落としていた。
一瞬の出来事に兵たちは驚き、呪術の余韻を残す少女に慄く。

「私は殿下お抱えの呪術師よ!さあ、そこをどきなさいっ!!」