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夕刻、遥が家に帰ると、玄関の鍵は開いていた。
杏が帰っているのだと疑わない彼は、ドアを開けて目を瞠った。
玄関の床に無造作に放り出されている杏の鞄。
普段、彼女はこんなことはしない。

「__っ!」

何か嫌な予感がして、遥は玄関を飛び出した。

何があったんだ、杏!?

彼女は可愛い。
買い物に出掛けても視線を集めるし、遥のクラスメイトでも学園祭に訪れた彼女に懸想しているものは多い。
問題は、彼女がそれを自覚していないことだ。
杏と一緒に暮らし始めてから、彼女が誘拐されたことも何度かある。
だから男に対する嫌悪が刷り込まれ、言い聞かせてやっと他人に対する警戒心を持つようになったのだが……。

最近はあまりなかった所為で油断していたのかもしれない。
遥は自分の不甲斐なさに腹を立てる。
無意識に舌打ちをして、探し回るために門を飛び出した。

「おわっ!!」

ちょうどそのとき、門に入ろうとした人影と鉢合わせて、慌てて飛びすさった。

あっぶねぇ~。

そして改めて人物に目をやり、遥は案の定泣きそうになった。

「杏っ!!」

俯いているが、この色の髪は杏だ。
柔らかな手触りの、彼が好きな杏の髪だ。

遥の声に、杏は弾かれたように顔を上げた。
その瞳にみるみる涙が溜まっていく。

「はる、か……はるぅっ!!」

まるで緊張の糸がぷつりと切れたような感じだった。
彼に抱きつき泣きじゃくる杏の肩や背を、遥は撫で摩る。
嗚咽を我慢して震える肩を軽く二度叩いてやると、噛み締めた唇の隙間から抑えきれない嗚咽が漏れた。

門の内とは言えど外で、しかし遥は彼女の気が済むまでずっと慰めていた。