「まーた、泣いてる」



ふいに聞こえた声に、私の体がビクッと反応した。



振り向かなくたって分かる。


出会ってから、毎日聞いている声。


私の耳元で…囁いてくれた声。



「先…輩」



ハンカチで涙を押さえながら、入口の方をゆっくり振り向いた。


そこには、いつもと同じ野球の格好をしている春也先輩が笑って立っている。



「聡美(さとみ)に、ここに行けって言われてさ」



そう言って、先輩は私に近付いて来た。



「俺と聡美がつき合ってたって、知ってた?」



聡美っていうのは、確か石川部長の下の名前。


私は、とりあえず頷き返した。



「俺、アイツには淋しい思いさせてきたんだ。野球の事ばっかで、全然大事にしてやれなくて」



先輩は、さっきまで部長が座っていた席にゆっくりと腰を下ろした。



「そのせいで、アイツは野球が嫌いになったんだ。でも、俺は野球を捨てられないから。だから、昨日『別れよう』って言ったんだよ」



そう語る先輩の目は、意外なほどに優しくて。


決して部長を嫌いになったわけではない、って伝わってきた。