「ねぇっ! 雨だよ雨っ」

 君のどこか弾んだ声へ、僕は冷めた声を返す。

「そうだね。困ったね」
「うん!」

 冷たくあしらったつもりが、戻って来た相槌は嬉しそうだったので、僕は調子を狂わされた気になった。
 ふたり揃って外を歩き始めて、まだ数分。元々朝から空に雲は多かったけれど、この間みるみるうちに黒い雲が集結し、遂にはぽつりぽつりと始まった。そして降り始めてほんの数秒で、アスファルトは一気に烏の濡れ羽色に染まった。

「とにかく、雨宿りしよう」

 ばかみたいに大口を開けたまま空を見上げている君の袖を引っ張って声を掛ける。そしてそのままぐいぐいと引きずり、僕らは近くの商業ビルの玄関前、いくらか屋根の突き出しているスペースへ逃げ込んだ。

「帰り道でいきなり降られるなんて最悪……!」
「あんたが降らせてんじゃないの?」
「馬鹿言うなよ!傘もないのに雨に降られて喜ぶ奴なんか……」

 僕の言葉は途切れた。目の前にいる君が、どうも喜んでいるらしいからだ。君は楽しそうな顔で、軒先から空を窺っている。

「なんで君はご機嫌なの」
「じゃあどうしてあんたはむくれてるの?」
「だって君は笑うだろう」
「うん」

 君はへらへら笑った。すっかりご機嫌だ。君はいつも脳天気に僕をばかにする。

「雨男だって、笑いたいんだろう」
「だって雨男じゃない。あんたと出掛けると、いつもこう。可笑しくて」