今までの人生で希祈にとって大切だったことは、キラキラした恋なんかではなかった。
部活に明け暮れた中学時代。
新しい友達。
本格的な進路を意識した勉強。


忙しい、忙しい。
忙しい自分でいることが、希祈にとっては当たり前で、忙しいことが楽しいとも思っていた。

恋なんてものがあることすら、頭の片隅に隠れて、忘れてしまっていたくらいだ。


"軽いねんざ"
あれから1週間。

子どもの頃から体力だけは自信があった希祈は、見事な回復力をみせた。

さすがに完治とまではいかないので少しぎこちないが、送り迎えなしで登下校することができるようになっていた。

希祈は、さっきよりも大きなくしゃみをして、まるで小動物のように身震いをした。


早く来いと念じれば念じるほど来ない。
逆に、来ないでほしいときに来る。

それが、今、希祈が待ち続けている相手だった。


しばらくして、希祈の口から、あ!と大きな声が飛びでた。


「いた!倉橋ー!!」

希祈は、遠くのほうから歩いてくる、スクールバックを背負ってけだるそうに大きなあくびをしている人に手を振った。