「そこまできたら今週もどーにかやり過ごせるでしょ!」

「無理です、先週だって殺されるかと思ったんですから!」

相馬はそう言うと、水野のネクタイに手をかけた。その手を振り払おうとしたが、細身なくせに意外と力が強い。

「ちょっと、本気ですか!?」

「大丈夫です、借りてる間は俺の服貸しますから!」

「要らんわそんなふざけた服!」

そんな言い合いをしている間にも、ジャケットのボタンが次々と外されていく。

「ちょ、やめ……っ」

「いいでしょ」

「駄目ですって!」

水野がそう言ったすぐ後――ガタッ、というもの音が、入り口付近から聞こえた。

そこに目をやると、顔が真っ赤に染まった女子生徒が立っていた。水野が去年担任を持っていたクラスの生徒で、確か漫画研究会員の生徒だ。

相馬と水野がその生徒のほうを見ると、赤かった顔は少しずつ青く染まっていった。焦っているようだが……何故だろう。相馬が入学式にうっかりふざけた服装で来てしまうような阿呆な人間であることは、生徒達からしても意外なことではないはずだ。

何かまずいことでもあっただろうか。そう考えかけて、すぐに答えが見つかった。

2人以外誰もいない教室で、押し倒されている人物と押し倒している人物。しかも、押し倒されている方は服が脱げかかっている。最後のほうの会話も、その部分しか聞いていなければ、そういうことの交渉に聞こえなくもないかもしれない。

ただ一つ、二人が男同士であるという問題があるが――さすが漫画研究会員。彼女はかなりのオタクであり、同時にかなりのBL好き、腐女子であったのだ。

「す、すみませんでした――ごゆっくり!」

そう言い放つと、女子生徒はその場から走り去って行ってしまった。

「ちょ、待って! 違う、違うからぁ――――――ッ!」

水野の悲痛な叫びは女子生徒には届かなかったようで、彼女はそのまま階段を駆け上がっていってしまった。

がっくりと項垂れていると、相馬が「どうしたんですかね?」と呑気な声で訊いてきた。状況が読み込めていないらしい。

「うるさい、この阿呆馬鹿間抜け!」

「え、酷い!」

「酷いのはアンタの脳みそだ、ボケ!」

そんなことをいくらほざいてみても、誤解されたという事実が変わるわけではない。

結局相馬は教頭から大目玉をくらい、次の日には相馬と水野はホモだという噂が学校中に知れ渡っていた。