技術の教師、水野は職員室の時計を横目で見ながらため息をついた。

「アイツは今日も遅刻かぁ!」

教頭がそう言う声が聞こえてくる。その隣では、幸と頭が薄い校長がまあまあ、となだめている。しかし教頭に「何がまあまあだ!」と怒鳴られると、情けない声ですみませんと繰り返しながら何度も頭を下げはじめた。見慣れた光景なので、誰も助け船をだしてはやらない。

しかし、今日が普通の日なら、頭のお固い教頭もわざわざ怒鳴ったりはしない。教頭の言った“アイツ”は教師であるにも関わらず1週間に一度は必ず遅刻するからだ。さすがの教頭も、週1又はそれ以上で怒る気力はないらしい。

ではなぜ今日は怒鳴っているのか。それは――今日は、我が富山中学校の第52回入学式が開催されるからだ。

「おい水野!」

うわぁ、なんか矛先こっち来た。そう思ったが勿論そんなことは言えない。言ったら、どんな仕打ちが待っているか分からない。

「はい、なんでしょうか」

「お前相馬と仲いいだろ、携帯の番号知らないのか」

この教頭は一体何を言っているのだろう。どこからどうみたら自分とあのアホ教師、相葉が仲良くみえるのだろう。確かに相馬とは大学時代から一緒でたまたま一年目から同じ学校に配属されたが、それだけだ。いわゆる腐れ縁。

「知りません」

「何だ、使えんな」

それを言うなら俺でなく相馬に言え。俺はこの学校に来てからの2年間毎日遅刻せずに来てるんだ――心の中でそう思ってから、それが当たり前であることに気がついた。相馬といると感覚がおかしくなるから困る。

「じゃあちょっと見てこい」

「……はい」

この人はどこまで人遣いが荒いんだろうと思ったが、そんなこと思っても仕方がない。

職員室から一番近い階段を降り、職員玄関まで着いたとき、慌てた様子で荒々しく靴を脱いでいる人物を発見した。水野が声をかけようと近づくと、相馬も気がついたようで、笑顔で手を振ってきた。教頭の様子も知らず、呑気なものだ。