「……今だけ、誠さんだと思っていいよ?」



 そのとき耳元で、誠よりワントーン高い声が唐突にそうつぶやいた。



 潮騒というより、サーフィンのターンのときにうなる潮風のような栄治の声音。



 同時に、熱い掌が、遠慮がちに背中と腰を支える。




「どうして、知っ……」



 玲子は、真っ赤になると、厨房の壁際まで飛びすさった。



「……そんなに、好きなんだ?」



 つきとばされた栄治が、呆れ半分でつぶやく。



「バカ! 無神経! 最低!」



 玲子は、暴れまくる心臓を抱きしめ、思わず叫んだ。



 そして水道を全開にすると、凍るような水で一心不乱にグラスを洗い始める。



 栄治との間に一瞬流れた、

際どいバランスの空気を全て流してしまおうとでもいうかのように。