村下陣はこの間買ったばかりのグレイのスーツを着込んで、田口探偵事務所の前に立っていた。今日は八日である。つまり、例のジャン=ポール・ドゴールを招いたプライベートパーティの日である。陣は友人の和久井一成——もっとも“商売敵の”と言ったほうが正しいかもしれない——を待っているのだ。勿論、このようなパーティに陣のような無名な脚本家が招かれる訳もなく、この和久井という売れっ子脚本家がセッティングした物だ。
陣は何気なく、先ほど戸締りを確認した事務所兼自宅を振り返った。
「本日臨時休業」
という看板が田口探偵事務所の玄関先にかかっていた。
今日の朝に樋口友蔵がかけたものだ。樋口は今朝早くに出かけてしまっていたし、陣はパーティがあるので店番をするわけにはいかない。しかも、そう言うときに店番を代理してくれる、近所の煙草屋の看板娘内野理佐さえも今日に限って外出していたのだ。そう言う訳で、珍しく年中無休の田口探偵事務所は本日臨時休業と言う運びになった。
陣が外に出て幾分もしないうちに、坂の方から妙にうるさいエンジン音を辺りに振り撒いて、真っ赤なオープンカーが姿を見せた。全くもって近所迷惑甚だしい。
そのオープンカーは、当然のように例の売れっ子脚本家和久井の所有物の一つだ。車は軽やかな動きで陣の目の前にとまった。
「お、なかなかちゃんとした格好になったじゃないか。うん、いい感じだ。」
車の中から和久井が言った。陣は取り敢えず自動車の反対側に周り、助手席に腰を下ろした。
「お前さ、一体幾つ車持っているんだ?」
 陣が尋ねると和久井は、良くぞ聞いてくれた、と言った感じで答えた。
「三台さ。しかも全部真っ赤。勿論全部外国産もの。」
 ふうん、と陣は特に興味もなさそうに相槌を打った。実際、陣は自動車の運転免許を持っていないし、特に取ろうとも考えてはいない。彼は機械が苦手なのだ。
「ところでさ、本当にドゴールが来るのか?」
 運転する左側の和久井に、陣は疑うように言った。
「何を今更、君は僕を誰だと思っているんだ。ドッキリカメラのスタッフだとでも思っているのかい。全く、幾ら君だろうが、あんまり侮辱的な事を言うのなら絶交する。」