バスに揺られて主人公は海岸線沿いを眺める。
先程のあれは何であっただろうか。
ふと顔をあげて、車内を見渡し他の乗客の数を数える。
「イチ、ニ、サン、ヨン、ゴ。」
車内には自分を入れて六人の乗客が乗っているようだ。
やがて、バスはトンネルへ入ってゆく。
主人公は何気ない素振りで窓を見る。窓の向こう側が暗いせいか窓が鏡のように車内を映し出す。
戦慄する主人公。何度数えても鏡のような窓に映っているのは自分を入れても五人だけなのだ。
一人足りない。
ふと窓から目を車内に移す。一番前に座っている女性の背中が映った。
そうだ、彼女がむこうにいないのだ。
不意にその女性が首を回してこちらを見た。主人公はぞっとする。
あの女だ。
女が笑った。
「きゃああああ。」
主人公が絶叫する。車内の人々が無表情に主人公を見る。
主人公は頭を下げ両腕でそれを守るように押さえた。息が荒くなり、心臓の鼓動が早まる。
場面が一転して、汚れた三畳一間のアパートの一室。
男が声高に学生運動について熱弁を振るっている。
主人公は隅の方で本を読んでいる。
場面が戻り、青い海が映し出される。
やがてバスが停車する。
主人公は自分の降りる停留所でも無いのにいそいそと降車した。
バスが行くのを主人公は見守る。あの女が降りてこないかどうかを確認する為に。バスからは自分以外誰も下車しなかった。
主人公は溜め息をつく。
あれはいったいなんだったんだ。
主人公は海を眺める。
かもめが群れている。
(続く)