8月の終わりだった。うだるような暑さだった。二人は牙オッテが負けたのと応援の疲れとで、残念モードになり、珍しく無口で歩いていた。
宇美はずっと前から気になっていたことを何気なく口にした。
「先生は奥さんやお子さんがいるのですか?」
「いや、いない。ずっと独りもんさ。情けないよな。」
「いえ、そんなことないです。先生は素敵な人です。ごめんなさい。」
宇美は謝った。すかさずフォローしたつもりだったが、さらに空気がまずくなってしまった。宇美は余計な質問をしたことを後悔した。速水はそのことを気にしていたみたいだった。だからといって同情するのは違う気がした。宇美の中で、家族がいないことがわかったから、安心して付き合えると喜んでいる“あたし”と、もしかしたら訳ありで結婚できなかったのかもしれないという疑問を持っている“僕”がいた。宇美はそれ以上聞くことを止めた。速水が自分から話してくれるまで待とうと思った。 誕生日はいつだろう、出身地はどこだろう、家族構成は何人だろう…宇美は速水についてまだ知らないことがたくさんあった。