―――動けなかった。
たぶん、2人も、店長も、他の客も。
それくらい、この人は狂っていた。
ドン、と背中に衝撃が走って、
組み敷かれた私のシャツを破こうと、胸元に手をおき、馬乗りになっている男を見た。
ビリ、と服が悲鳴をあげた瞬間。
体から、重りが消えた。
音が聞こえたのはその直後。
―――バキッ
「へ?」
「何やってんだ貴様っ!!」
耳慣れたあの、声。
いるはずのない、貴方。
―――なんで、
会いたくなくて、逃げてきた当人が今、目の前にいるの。
気絶した男を衛兵に渡して、こちらを見た。あれ、衛兵2人だ。すくな―――
「馬鹿かっ!お前はっ!!」
いきなり、怒鳴られて驚く。
私を立たせようとしたのだろう、私はその手を振り払って、逆に魔法をかけた。
「束っ!!!」
「空羽!!」
篤の回りの重力を10何倍にし、床に叩きつける。
私は、立ち上がり礼をする。
ついでに、魔法も解除して、
「……!!」
息を呑むのがわかった。
―――騙していてごめんなさい。
「店長、ウィルさん、ティアさん、皆さん、今までありがとうございました。」
深々、と頭を下げる。
「く、う……!」
たぶん、篤ならあと1分くらいで解いてしまう。
だから、その間にでも、遠くに―――。


