「趣味範囲でいいとか、そういう問題じゃないですよ。
もういいです、私自分で断って来ますから」
跳ねるように勢い良く立ち上がり、主任に引き留める隙を与えないよう、そのまま足早に面談室を後にした。
「ちょっと待って!
平澤さーん!」
焦燥しきった主任の声が遠くに聞こえた。
目指すはレッスン室。
あろうことか私は、赤根くん一人を置き去りにし、レッスン中に自分だけ部屋を飛び出して来たのである。
消音加工が施された重い扉を開けると、美しいピアノの調べがボワンとそこから広がった。
ピアノに向かっていた赤根くんはピタリと手を止め、腰掛けたままゆっくりこちらを振り返る。
心地よいメロディーもプツリと消えてしまい、それが何だかとても残念で寂しいとさえ思った。



