「まったく。
あなたってほんと、用心深いんだから。
ピアノ教師としては全然使えないくせに、人を疑うことだけはお得意みたいね。
念のため、両方のカップに入れておいて良かったわ」
霞む視界の中、嫌悪感剥き出しで冷ややかに私を見下ろすハインリーケさんが、忌々しげに呟く。
『そうそう、赤根くんのお母様がわざわざみえてね、レッスンの時間枠を2つに増やして欲しいそうよ』
キーケースが見付かった日、主任は私にそう言った。
あの日の朝早く、もしくは前日遅くにハインリーケさんは教室を訪れている。
教室のトイレにキーケースを置いて行ったのは、ハインリーケ……さん?
「あなた、邪魔なのよ」
意識を手放す直前、憎しみに満ちた低い声が遠くに聞こえた気がした。



