けれど、男が上着の内ポケットから出したのは、何の変哲もない携帯電話だった。
男はどこかへ電話を掛けて、二言三言会話を交わした後、それを私に差し出した。
替われということらしい。
おずおずと受け取って、それを耳に当てた。
「もしもし」
「ああ、先生?
ごめんなさいね、今私、ちょっと体調崩してて行かれないのよ。
こちらに来てくださらないかしら?
その男は私が雇っている運転手よ、安心してちょうだい」
「はぁ……」
電話の相手はやっぱりハインリーケさんだった。
いくら彼女にそう言われても、絶対的に安全だなんて思えない。
けれど、とにかく会いに行って謝らなければ私の任務は完了しないのだ。
仕方なく、ドアが開いたままになっている後部座席へ乗り込んだ。



