「え、は、なんっ、へ待って、ど、こ行く、の」
変なリズムで喋る時点で、田上さんは突然の甘いオレ様ダーリンを前に動揺を隠せてないんだけど、
普段はユニークでありつつ保護者ウケを外さない真面目さも兼ね備えたキャラな俺だって、
まだ余裕で十代で動揺を隠せない訳で、
駆け足で階段へと向かう。
逃げ得だ。
少々状況は異なるが、困ってるヒロインを神懸かり的に助けたにも関わらず、
名前も告げずに去るヒーローを参考にすれば間違いない。
男子は基本、女子に追われるのが五歩までだ。
そのジンクス通り己の後ろ姿で乙女を余韻に浸らせ、想いを募らせたモノ勝ちだと思われる。
ならば話は早い。
「や。さすがに寒ぃし電車待つとか無理。タクシーで速やかに帰るわ俺」
「――――? へ、タクシーとかお金」
指輪に注ぎ込んだ呪いで『お金ない癖に』か『お金かかるじゃん』か、
続きの言葉は知らないがとりあえず遮り、
「年末は変質者多いんだから気をつけろよ!」と怒鳴って、
彼女をこの場に六分ばかり足止めさせようとした。
よって、田上さんは俺が消えたホームで恋人の残像をお月様へ投影し、
一人黙って詩を朗読する女子高生っぽいリハーサルだったのに、
もうお別れの挨拶を述べたにも関わらず、走っても走ってもアホな子は追いかけてきやがる。
おかしい、全然ロマンスに浸りやしない。
ほんの数秒前、硬派なオレ様が結婚指輪をする方に桃色花びらを飾ってやったんだ。
それがどうして乙女心に憂いない。
イケメン男子高生仕立ての努力が無駄になるじゃないか。



