僕は人より思い出したい記憶が少ないと思う。けど、五歳の時家出未遂した日のことはいつまでも覚えていたい。

 決定的だったのはこの前のお遊戯会にお母さんが来なかったこと。確かに行くなんて言わなかったけど、行きたくないから行かなかっただけなんて酷すぎる。朝から最悪な気分で家を出た。このまま帰らないつもりだった。
 我慢の限界だ。お母さんが僕と話をしたがらないのはわかっている。何か言い合いになった時、僕に口答えされるのが恐いからだ。だから今回もお遊戯会について何も言わなかった。生活する上で必要最低限の単語しか使わない。話さない。……そんなのは、家族じゃない。だから僕はもう家に帰らない。大きくなるまでは堂本博士の研究所で育ててもらおう。僕の養育費は出世してから返していけばいい。
「なにちてるの?」
 公園のベンチに座ってこれからのことを考え込んでいたら、舌足らずな話し方をする女の子に話しかけられた。僕と同じぐらいの年だろう。
「家出」
 僕がそう答えると、何それ? という顔で見られた。
「いえで、いしょがし?」
 眉間に皺を寄せて女の子はそう聞いてきた。どうやら家出の意味は理解できなかったみたいだ。
「忙しくはない」
 そう言うと女の子は嬉しそうな顔でこう言った。
「あっちでままとうたおっ」