不安定な足場を急ぐ柏原に抱きついていた。
しばらくすると一台の車の中に押し込まれた。

ゆっくりと、瞳を開けると……そこは見覚えのない車の中だった。


「もう、騒いでいいですよ」


片手で車を発進させた柏原。

小さな左ハンドルの車。座席もドアも二つしかない。



「この車、柏原の私物?」


「ええ、あまり乗る機会はございませんが」



柏原の美しい横顔は、暗闇の中、前を見つめている。


柏原がどこへ向かって運転しているのかなんて、私にはどうでもよかった。


ただ、寄り添うように柏原の肩に、頬を寄せる。

すると、優しい手が髪を撫でてくれる……


大好きな優しい手




私は、タイで拘束されたままの手を無造作に膝の上に投げ出して……瞳を閉じた。


「私、お父様とお母様に大嫌いって言っちゃったわ」



柏原は何も答えない。


「誘拐してくれて、ありがとう……」