あぁん! もう!
最悪に足も腕も痛い!


「ハァハァ………つ……かまえたわよ……柏原」


ああ……疲れた。

私も、折り重なるように芝生に倒れた柏原の上に重なった。



「……走った?」


「走ったわよ! 何年ぶりかしら? 柏原覚えてる?」


柏原の虚ろな目線が、トロントの真っ青な空をさ迷う。




「いえ……私の記憶には、貴女の走る姿はございません。確か運動会の徒競走でも茉莉果様は、ただ一人優雅に歩いておられました」


よかった……
いつもの可愛い執事バージョンの柏原だわ。


柏原にギューっと抱き着く。



「柏原帰ってきて……執事辞めるなんて言わないで、貴方が勝ったのよ!」



「私は勝っても負けても貴女の執事ではいられないと思います。

良い縁談を破談させることも、貴女からの愛を受け取ることも、私にはできません」


「でも柏原勝ってくれたじゃない! それが答えでしょう? 大丈夫、後は私に任せて。お父様なら許してくれるわ。許してくれないのなら……」


「答えか……」



でも、どうしましょう?

私は、あの家を出てもかまわないわ。

だけど、それを口にはできないわ。

柏原はどう考えるだろう?


私は、いつの間にか『執事の柏原』ではなく『一人の男』として欲しくなっている。



それを柏原はどこまで望んでくれている?


ますますキツく柏原に抱き着く。離れたくないのに。ただ、それだけなのに。



あの家を出たら、今みたいな生活はできないわ……

それでも柏原は、私と一緒にいてくれるのかしら?




私を愛してくれる?


紫音茉莉果じゃなく
お嬢様じゃなく



『一人の女』として……