「先日の、お嬢様のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はとても素晴らしかったです。またあのような素晴らしい演奏を私は楽しみにしています」


 柏原は滑らかな舌先で慈悲深いマリア様のように寛大に、私のヴァイオリンを誉める。


 それが柏原の役目なのよね。私を誉め称えて仕えるのが執事。

 その綺麗な微笑みも給料を稼ぐ為に作り出されただけだ。



 彼は、そういう人なのよ。



「あんな短調の曲? 私はもっと明るい曲が弾きたいのに」


 メンデルスゾーンの第一主題は綺麗な旋律だけど、どこか儚く切ない。


「それでしたセルマン先生にお嬢様に似合う、明るく華やかな曲を課題曲にしてくださるよう、話をしておきます。ところで、ご自宅に戻ります。よろしいでしょうか?」


「……いいわよ、帰ってるでしょ!」


 もう半分以上帰ってるわ柏原。


 "今日のレッスンを休む理由"と"この執事を出し抜ける方法"私は必死に考えてみたけど、いい手段は浮かばなかった。