お父様が柏原にはじめて会ったのは、フィレンツェの州立病院だったそうよ。

柏原は、一人で病院のベンチに座っていた。


そこは、滑稽なほど華やかなピアノの音色に包まれていた。


お父様とお母様が、病院に入院している人たちへピアノのミニコンサートを開いていたのだ。





『失礼、日本人かな?』


先に声をかけたのは、私のお父様の方だ。
あまりに柏原がただならぬ雰囲気だったのが、気になったらしい。


『……』


柏原は何も答えなかった。



『何故、泣いてるのかな?』

“余計なお世話だ”とばかりに冷たい睨みを放つ柏原を、お父様はどうしても放置できなかった。


『言いたくないことは言わなくていい』



ピアノの音は、華やかな曲から……しっとりと切ないメロディに変化していく。


お父様は柏原の傍を離れなかった。
柏原も席を立たなかった。