「────まったく! お父様もお母様も、相変わらず陽子さんの言いなりなんだから!」
小さい頃から私は、あの人が嫌いだった。
お父様とお母様を何処かへ連れていってしまう人というイメージが強く焼き付けられているからなのかもしれない。
「そうは言われましても、陽子さんのマネージメントの才能は素晴らしいです。素晴らしい音楽家と素晴らしいマネージメントが成されてこその世界的有名な紫音夫妻なのでございますよ」
「そうかもしれないけど……」
柏原まで、陽子さんの味方をするのね。
ますます嫌いだわ、あの女。
今夜のディナーは、ブラックシルクのパフスリーブのワンピースを着る事にした。
このワンピースは後ろでリボンを縛るタイプで、柏原が手慣れた手つきでリボン結びを作ってくれている。
「とてもよくお似合いでございますよ、お嬢様。車を用意して参りますがよろしいですか?」
「ええ、お願い」
無駄な動きがない柏原は、足音もほとんどたてずに部屋を出ていく。
ディナーには、あの女も来るのかしら? 来るわよね、絶対。
陽子さんは、柏原よりずっと前から我が家に仕えている。多分私が産まれる前からだと思う。
最初は、住み込みの使用人としてメイドの様な仕事をしていたらしい。
陽子さんは音楽が大好きで、いつもお母様の奏でるピアノが大好きで
作曲家とピアニストがいるこの家は、彼女にとって夢の様な場所だったのよ。
「茉莉果様、ご両親との会食に遅れてしまいますよ」
寒くないようにと……柏原が柔らかいアンゴラのストールを肩にかけてくれた。
「柏原は、どうして私の執事なんてやってるの?」
お給料がいいからかしら? それとも、私が可愛いすぎるからかしら?
「それは……ご恩に報いる為でございます」
「恩…って?」
意外だった、何となく質問して何となくかわされると予想していた質問に答えがきたから。
柏原は目を細めると、首を小さく左右に振る。
これ以上の答えはくれないのね?
「さぁ急ぎましょう」



