「ほら、黙って目をつぶれ」

「え?」

椅子に腰かけさせられ、顔に塗りたくられる。肌が気持ち悪い。

「目を開けろ」

そうして鏡をのぞくと、ママに似た顔がある。

「こんなもんだな」

そういってから、またいなくなる男の人。

女の子の中に置いて行かれた。

(どうしよう。こんな場所で働かされるなんて)

事情がつかめない。しかもさっき売り上げ分がとか、ママが言ってた。

「ココってどんな場所なんですか」

端っこにいた、年齢的に近そうな女の子に話しかける。

やっぱり睨まれはしたけど、拙い日本語でこういった。

「男の人、来る。女の子、買う」

「買う?え?買うって」

匂いに負けそうになる。それと視線。

「お酒飲みに来た男の人。女の子、乗る。話す。出かける。寝る」

最後の寝るという言葉で、全てが分かった。

(あたし、ママに売られたの?)

カクンと膝をつく。

ママに汚されて大人になった体。もっと汚せというの?

ギュッと目をつぶる。

(嫌だ……。こんなことなら、ママに殴られた方がいい)

もしも選択肢があるなら、殴られる方を選ぶ。ママはあたしに選択肢すら与えてくれない。

自分の子供っていう扱いじゃないんだ。もう、本当に親子じゃないんだね。

そう思っても、やっぱり嫌いになれない血の濃さ。

嫌いになれたら、なれるなら。そう思ってもダメ。

だってこんなとこに連れてこられてるのに、頭の端っこにはお人よしなこと。

(あの腕、結局どうしたのか聞けなかったな)

こんな時にも、ママの心配。

鏡をもう一度覗くと、本当にママに似てる。

(親子なのに。こんなに似てるのに……どうしてあんなに嫌われるの?)

切なさが溢れてくる。

売られてしまった現実。

きっとこの場所で、いろんな男の人があたしを見るんだろう。

(凌平さんにも、お兄ちゃんにも心さんにも……もう、会えないのかな)

ふっ……と思いだした、もう一つのこと。

学校で出された作文の宿題。

「絆、だっけ」

絆はどこにあるのかなって思いながら、すすけた天井を仰いだ。

「客きた」

猶予もなく、店内に連れて行かれた。

「あの男。名前いって、男の膝に乗れ。歳は言うな」

後ろ姿の誰かが座ってる。

あたしはその場所へと、ヒールをぎこちなく鳴らしつつ進んでいく。

「いらっしゃいませ」

やっとの思いでそう言うと、後ろ向きのまま手招くお客さん。

「……はい」

足も手も何もかも震えてきた。

(あたしの最初のお客さんなんだな)

緊張しながら、真っ赤なソファーを回り込むように歩いて行った。