こんな後悔なんかしたくない。したくないよ。

(凌平さん)

その言葉を誰かにと思った時、浮かんだ顔。さっき立ち尽くしてた人。

何度も会ってないのに、時折頭に浮かぶ人。

お兄ちゃんも心さんもあたしのそばを離れないよって言ってくれてる。

心さんなんかは、女の子じゃなきゃ言えない話を何度かした。

それはそれで楽しい時間だった。

その時間を失うのも嫌といえば嫌。

だけどそれよりも憂鬱な時間を払拭してくれたのは、凌平さんが多かった。

何気ないメール、会話。日常的なものが多いのに、それが妙に安心できた。

「好きって簡単にいう男は嫌い?」

なんてメールで言われてドキドキしたことがある。

嫌いじゃないけど、どういう気持ちの好きなのか悩んだ時もあった。

年下だし、どうみても凌平さんの周りにいる女の子たちとは違うあたし。

きっと似合わない、だからほんの少しの壁を作ってた部分がある。

天の邪鬼な自分が生まれつつあって、それが怖くなったりもした。

(今までこんなこと考えたことすらなかったのに)

もう死ぬんだと思ったら、いろんなことを考えるんだと知った。

今まで気づかなかったことに気づけるのも、こんなギリギリになってから。

「どうしたの、ずいぶんと大人しいのね」

ママにそういわれても、反応しきれない。

「死にたくないとか騒がないの?あんた」

横目にママの腕に巻かれた包帯をみる。

「あぁ、これ?……何だと思う?ふふふ」

笑ってるのに、楽しそうにみえない。ただ怖いだけ。

そんなママと視線を合わさないようにと俯く。

死ぬまでにいろんなことを思い出しておきたかった。

悪いことばかりじゃなかったよねって、どこかで思いたかった。

ママに置いて行かれた夜から。

ううん。アキが死んでしまった夜から続いた寂しい毎日。

だけど寒さだけじゃなく、どこかで温かさを感じる日々だってあったよねって。

今度は携帯は置いてきてしまった。

もうどうしようもない。

「諦めたから、平気」

やっとママに返した言葉がそれ。

何度も言い続けた平気という言葉。大丈夫も何度も使ってきた。

自分に言い聞かせるように、強がりの言葉を呪文のように繰り返した。

そうして過ごした独りの日々は、今ではあたしが歩く先に数本の影。

あたしの影だけが帰り道に伸びることはなくなってた。