「ママ、その腕」

どうしたのと聞こうとしたら、それを言う前に平手が飛んできた。

顔じゅうに響くような痛みと振動。

たった一発の平手打ちに、はぁはぁと息を乱すママ。

「来なさいよ、あんた」

腕を思い切り引っ張られる。

「やだ!」

会いたかったのに、会えばこんな形にしかならない。

「いいから来なさい!」

引きずるように階段を下され、あの時の男の人が待つ車に放りこまれた。

「出して」

後部座席で、あたしの腕をしっかり絡めている。腕が痛い。

薄く開いた窓から、何か聞こえた。

「……ナ」

まさかって思った。

顔だけ振り向く。そこに見えたのは、もう一人会いたかった人。

「マナ?」

声が聞こえる。名前を呼んで助けてと言いたい。

(巻きこめない)

そう思ってるうちに、車は動き出す。立ち尽くしたままの凌平さん。

横を見れば、鬼の形相のママと、鼻歌交じりに運転するあの時の男の人。

(もうダメだ)

そして、諦め俯くあたしがいる。

ママはまだどこか興奮気味で、逃げやしないのに腕にもっと力を込める。

「痛っ」

「なに?ママに文句を言うの?」

その表情、纏う空気。どれもが怖い。いつか消されるとは思ってた。

覚悟をしてたはずのなのに、実際その瞬間が来るとまだどこか心が揺らぐ。

生きることへの執着が少し生まれたせい?

それもあるかもしれない。

背中には汗が伝ってるのがわかる。気持ち悪いほどだ。

「あんたはもうおしまいにしてあげる」

その言葉に、あからさまな殺意。

「……はい」

抗う言葉が浮かばない。

どこまで連れて行かれるの?

こんなことだったら、あの日、迷うことなく死んでしまえばよかった。

下を歩く人を気にすることなく、落ちてしまえばよかった。