「マナ」

吐いてる間、ずっとあたしの名を呼ぶ。

「ナオトからさ、妹出来たって聞いてたんだ。俺」

聞いてもいないことを話し出す。

「一緒に撮ったって写真見せてくれてさ、携帯で。すっげー、自慢してた」

一体なにを自慢してたんだろう。

「さっき、俺と目が合ったの覚えて……ないかな」

目が合った?いつ?

思い出せばその記憶はあるかもしれない。

でも、朦朧としてて、それどこじゃないのが正直なところ。

「ママって人と一緒だったよね」

コクンとなんとか頷く。

「でもさ、なんか様子おかしかったし、俺の記憶違いだったらって思ったし」

吐くだけ吐いたら、体の力が抜けてしまった。支えてもらっても立てない。

「車に戻るからね」

そっと抱きあげて、あたしを車まで運んでくれる。

この抱き方は、あの時伊東さんがしてくれたことと一緒。

思い出しただけで、また涙がにじむ。

「う……っく」

口をおさえ、声を上げずに泣く。

「……いいのに、声出しても」

ポンポンと頭を手のひらで軽く叩き、そのまま撫でる。

「泣いていいよ。俺しか聞いてないし、見てないから」

そういってからドアを閉め、運転席に戻ってきた。

「動くよ」

あたしに確認をし、また動きだす車。さっきよりもゆっくりと走ってくれてる気がした。

「吐いたから寒いだろ?もうちょっとで俺んち着くからね」

言った通りで、わずかな時間で車はまた停まった。

「ちょっとだけ待ってて」

そういい車を出て行って、数分。戻ってきて、さっきのようにあたしを抱きあげた。

「お待たせ。それじゃ、俺んちに招待するね」

なんて軽い口調でいいながら、運んでくれる。階段もグラつくことなく上がっていく。

「さてと」

赤いソファーにあたしを下ろして、キッチンの方から何か持ってきた。

「とりあえず消毒とかしちゃおうか」

救急箱、それと冷水に浸ったタオルが入った洗面器。

「ケンカしなれてるから、こういうのは得意なんだ」

あははと笑う顔があまりにもあどけなくって、つられて少しだけ笑ってた。

そのあたしと目が合った瞬間、目をそらされた。

どうしてそらされたのか、その時のあたしには悪い方向にしか考えられなくて。

「沁みるよ」

すこし上がりかけた口角を、また下げて俯いた。

「俯いたら手当出来ないでしょ」

そうして、この人の指先があたしのあごをとらえ、顔を上向かせた。