早めに終わった仕事。
忙しい毎日で忘れていたこと。今日は給料日。
「これで買いに行っちゃおうかな」
思いきって街へ足を延ばす。もちろんママの行動範囲外の場所に。
お小遣いとして使えるくらいの金額働けたら、と、決めてた贈り物。
お兄ちゃんに、一緒に焼きたてを食べたいからホームベーカリー。
心さんには、いつも使ってる香水。
あと、伊東さんにも買った。
「喜んでくれるかな」
メガネケース。これを渡して呼んでみようと心に決めた。
お父さんって、ちゃんと呼ぼうって。
大きな紙バッグをブラ提げて、バス停へ。
「あー……、行っちゃった後だ。次はっと、三十分後か」
バス代節約と思って歩き出したことを、後になって悔む。
次のバス停を過ぎ、ふたつ先のバス停までもうすぐという場所で、声がした。
「マナ」って。
心臓が跳ねる。止まるかと思った。そして、背中に冷たいものが走った。
「マ……マ」
八ヶ月ほど会ってなかった。なのに、一瞬であのころに戻ってしまう。
体が強張る。
「いらっしゃいな、マナ」
コツコツと近づくヒールの音。
「どうしたの?自分の母親でしょ?どうして言うことが聞けないの?」
一歩また一歩と後ずさる。
「おいで、マナ。あたしの可愛い娘」
早まる足音に踵を返し、走り出そうとした。
「逃がさないわよ」
初めて知った、ママの足の速さ。そして、あたしの足の遅さ。
「さ、ママとお出かけしよっか」
腕を絡め、近くに停まっていた車に引きずり込まれた。
「や、やだっ!」
抗おうとした瞬間、目にしたものはあの日の思い出と同じもの。
同じ声。同じ、ママの体温。
頭に浮かんだのは、今度こそ消されるという思いだけだった。

